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Japanese Muslims

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試練を通じて謙虚さを取り戻そうではないか

Nov 22, 2025 · H. Maqsood Ahmed

あらゆる称賛は、慈愛溢れるアッラーのもの。御使い、その一家と教友たちに祝福と平安がありますように。 信者たちよ、アッラーは、クルアーン・預言者章において次のように述べておられる。 「人は全て死を味わう。われは試練の為に、悪いことと、良いことでお前たちを試してみる。そして(最後には)われの許に帰されるのである」(21章 35節) 試練の時が来れば、信者たちの心はアッラーの方に向けられ、アッラーの命令に従おうとするものである。地震は人間に対するアッラーからの試練の一つと思われるが、以前は大きな地震は20年に1回程度の割で起こっていたが、今年は多くの大地震が起こり、この度は大地震に伴う津波が押し寄せた。また最近では、地震だけでは無く、火山の爆発、大型の台風や局地的な大雨にも襲われ、大きな被害を被っている。 我々皆が知っての通り、アッラーは、多くの地域集団に対して地震、台風、虫の大発生などによる災害により試練を与えてこられた。アッラーが起こされるそうした災害は、アッラーの御心以外にそれを止めることが出来るものはない。地球と空、太陽と月と星、山と谷と海、それらの凡てはアッラーの支配下にあり、森羅万象はアッラーの御意志に従い存在する。 アッラーは、クルアーン・大権章において次のように述べておられる。 「大地が揺れ動く時、天にあられる御方が、お前たちをそれに呑み込ませられないであろうと安心しているのか。」「また、お前たちは天にあられる御方が、強烈な風をお前たちに送られないであろうと、安心しているのか。やがてお前たちは、わが警告がいかなるものであるかを知るであろう。」「誠、お前たち以前の者たちも、(われの警告を)嘘であると決め付けた。わが不興がいかなるものであったか。」(67章 16–18節) さて信者たちよ、地震や台風などによる大きな破壊は、アッラーの御力の証明以外の何ものでもない。我々はアッラーが唯一であることを信じ、アッラーに同位のものを置いてはならず、アッラーだけを崇拝しなければならないのである。 尊大になって、アッラーの命令を無視すれば、アッラーは直ぐにもそうした集団を捕捉なされる。 アッラーは、クルアーン・フッスィラ章において次のように述べておられる。 「アード(の民)については、正当な拠り所も無いのに地上で高慢になり、『誰が私たちよりも力が強いのでしょうか。』などと言った。彼らを創られたアッラーこそ強力であられるということを考えないのか。しかもわれの印を拒否するとは。」(41章 15節) 信者たちよ、この度の大震災は我々信者他への警鐘ではないであろうか。地震や他の災害は、人々の高慢な心に働きかけ、過ちに気づかせるものである。他人への圧迫や高慢という悪に気付かせ、悪事を制止し、人々を謙虚へと導く。地震が起こるのには、いわゆる科学的な原因とメカニズムが有ることは確かであるが、それらを支配なされるのがアッラーであられ、アッラーの御力を軽んじることなど出来やしないのである。近代においては、多くの人が物質主義に陥り、科学万能に傾倒しているが、物質主義や科学万能からは本質的なものは見えてこず、根本的な教訓は何等得られるものではない。 アッラーは、クルアーン・家畜章において次のように述べておられる。 「わが災厄が彼らに下ったとき、何ゆえ謙虚でなかったのであろうか。彼らの心はかえって頑固になり、悪魔は彼らに対し自分たちの行ったことを立派であると思わせた。」(6章 43節) 信者たちよ、我々は自分では気が付かないうちにも悪事を行っており、ましてや悪事を犯していることに気付きながらも続けてしまうことがあるのであるから、この機会にアッラーの御赦しを請わなければならないのである。我々を正しい道に御導き下されるように、信仰心を強くして下さるように、この機会にアッラーにお願いしようではないか。 アッラーよ、私たちを、あなたさまを何時でも顧みる善い信者の一人となるように御導き下さい。 アッラーよ、私たちが正しい道を歩む事が出来るように御加護下さい。私たちの信仰心を強くして下さい。 アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。 アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。 アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。 アッラーよ、仕事に成功を、そして安心と安全を御与え下さい。アミィーン。

マスジド大塚金曜日礼拝ホトバ ――信者の良い行いと、得られる徳――

Nov 22, 2025 · H. Maqsood Ahmed

マスジド大塚金曜日礼拝ホトバ ――信者の良い行いと、得られる徳―― あらゆる称賛は、万有の主アッラーのもの。預言者ムハムマドに祝福と平安がありますように。 信者たちよ、本日のホトバは、信者の良い行いと、それにより得られる徳についてである。 預言者さま(祝福と平安を)は、次のように述べておられる。「誰でも信者を日頃の悲嘆を取り 除いて上げる者から、アッラーは審判の日の悲嘆の一つを取り除いて下されるだろう。また、誰 でも難局に出遭う者の難局を軽くして上げる者から、アッラーは現世と来世における難局を軽く して下されるだろう。誰でもムスリムを庇って上げる者を、アッラーは現世と来世で庇って下 されるだろう。しもべが兄弟たちを手助けして上げる限りは、アッラーはその者を手助けして 下される。誰でも正しい道についての知識を求め、その道に従う者に対し、アッラーは天国への 道を容易にして下されるだろう。人々がアッラーの書クルアーンを読誦し、それを互いに学ぶ為 にアッラーの家マスジドの一つに集まるならば、彼らには必ず、サキーナ(平穏)が訪れ、祝福 に包まれ、天使たちが取り巻く。そしてアッラーはアッラーと共にある者の中にそれについて言 及する。」  これは、イスラームの原理、知識、良い作法に関する種々の事柄に亘る重要なハデ ィースであり、そこにムスリムに必要な徳について見いだされ、知識、財産、援助等の正しい扱 い方についての助言を見いだす。そして「難局を軽くして上げる」の意味は、難局を取り除いて 上げることであり、貧困を取り除く事が含まれる。 預言者さま(祝福と平安を)の「誰でもムスリムを庇って上げる者を」と言う言葉について、こ こで「庇う」は過ちを隠す事を意味し、ここで意図される意味は、正直で敬虔な人の過失を、そ して悪事の行為者が誰であるかを隠して上げることである。そしてこれは、過去に犯した過ぎ去 った悪事を隠すこということである。一方、今悪事を犯しているのを見付けたなら、悪事を犯 す者をさとし、そうしないようにと禁じるのが義務である。もしもそれが困難で、その者に悪 びれが無いならば然るべき筋にこの問題をもってゆくべきである。即ち、この様な場合の正しい 行動とは、彼らを庇うということではない。なぜなら庇えば、もっと悪いことを犯すのをそその かし、更なる危害の原因となり、もっといけないものに嵌り、同様の悪事を他人が犯すのを助長 するおそれがあるからである。彼がそれを犯しこの先同様の悪事を犯すことを恐れない様なら、 指導的地位にある者に訴え出ることが望まれる。これに当てはまるものには、喜捨と寄付などの 財産の配分に与る立ち会いと人と受託者、孤児の財産を管理する者などの例があり、彼らが犯す 悪事については、それを晒し出すのが義務的な行為である。そうした責められるべきものを目に したなら、これらの悪事を隠すことは許されない。これは禁じられている行為である非難する事 には当たらず、むしろ義務的な協力的な行いに属するのである。預言者さま(祝福と平安を)の 「しもべが兄弟たちを手助けして上げる限りは」と言う言葉について、これは一般的な概念であ り、解説をするなら、アッラーのしもべがムスリムの兄弟に警告する事で手を差し延べ解決の手 助けをする場合を含むもので、それ故にその間、真実を語る事に臆さない様に要求されるもの で、アッラーはそのしもべを助け、それによるどんなしっぺ返しからも彼を守って下されるに違 いないであろうと言うことである。 また、このハディースにおいて、ムスリムの要求を満たし、知識を求める道に励むことの徳につ いて述べられ、ここには知識を得ることに心を奪われる事による徳が含まれている。ここで指し 示す知識とは、シャリーア(イスラーム法)の知識のことである。その全ては、あらゆる崇拝行 為においてアッラーに向かおうとする者に必要な事柄である。預言者さま(祝福と平安を)の 「人々がアッラーの書クルアーンを読誦し、それを互いに学ぶ為にアッラーの家マスジドの一 つに集まるならば」と言う言葉については、クルアーンを読誦する為にマスジドに集まることの 徳についての証がある。ここでのサキーナと言う言葉については、或る学者は祝福であると解釈 するが、このハディースの次の部分に祝福と別個に述べられており、ここでの解釈としては、静 穏とか平和や荘重とかが似つかわしい。「集まる彼らには必ず」と言う言葉は、この為に集まる 「誰でも」という、不特定の一般の者の事であり、述べられている通りにあらゆる徳を受け取る ということである。預言者さま(祝福と平安を)は、ここで言う人とは、学者、禁欲者、高い地 位に有る者とかを想定しているものではない。次の、「天使たちが彼らを取り巻く」について は、これに似た事に関して、アッラーはクルアーン・集団章において次のように述べておられ る。 「お前たちは見るであろう。天使たちが八方から(アッラーの)玉座を囲んで…」(39章 75節) 天使はあらゆる向きから囲むであろうと言うことであり、天使は彼らの近くにありながら完全に 円く囲み悪魔が近付かない様に隙間の無い状態を作るのである。預言者さま(祝福と平安を)の 「祝福に包まれ」と言う言葉について、「包む」という言葉は、包もうとする対象の全ての部分 …

マスジド大塚金曜日礼拝ホトバ 要約 (2011年2月4日) ――立派な人物の為の四つの柱、忍耐、清純、勇気、公正――

Nov 22, 2025 · H. Maqsood Ahmed

あらゆる称賛は、萬養育の主アッラーのもの。預言者ムハムマドに祝福と平安がありますように。 信者たちよ、本日のホトバは、立派な人物である為に欠かせない四つの大事な柱についてである。それは、 サブル忍耐、イッファ清純、シュジャアア勇気、アディル公正の四つである。 忍耐は、人を寛大にし、人から受ける危害に耐え、我慢をもたらし、判断に際し慎重と思慮を生む。また忍耐は、人を穏やかで、短気ではないものにしてくれる。 清純は、言葉や行動の両方からあらゆる軽率さを取り除き、あらゆる良いものの縮図である謙遜や高潔な情感を人にもたらす。また清純は、人々の不仲や仲違いの原因となる私通、けち、嘘、陰口、中傷などの悪に染まらないようにしてくれる。 勇気は、自己尊厳を保ち、高潔で高貴な振る舞いを確かなものにし、生まれ持った性癖から引き離してくれる。また勇気は、本質において誠の勇気である努力し物惜しみしないように人を引き上げ、強い意志と自己決断力を持つように導いてくれる。勇気は、詰まらない欲求に熱中するのを抑え、怒りを抑制し、暴力的で破壊的な行為にとり手綱やあぶみの様な役目によって短気を抑え、それで辛抱強くなるのを助長する。「力強いとは、相手を倒すことではありません。真に力強いとは、怒って当然というときに、心を自制する力を持っていることです。」と、預言者さま(祝福と平安を)が述べておられる様に、自分の感情を抑えることこそ誠の勇気であり、敵を征服するのに役立つ唯一つのもの、それがが勇気である。 公正は、人に対する振る舞いが公平である様に方向付け、消極的であるのと過激であるのとの両極端を均等なものに導く。また公正は、絶対的な消極性と傲慢との間の道である寛容で親切である様に人を導き、臆病と図々しいとの間の道である勇敢であるように人を方向付け、また、過剰な無益な怒りや極端な恥の意識の間の道である辛抱強さを助長する。 これら4つの事柄は、高貴な行いの中心軸であり起源であるが、一方で、それに相反する恥ずべき事柄の基盤は次の四つの柱の上に置かれる。それは、ヤール無知、ドゥルム抑圧、シャーワ強欲、ガダブ怒りである。 無知は、人に悪事の状態を好ましいものに、良い状態を悪事に、完全なものを不完全であるかの様に、不完全であるものを完全であるかの様に思い込ませる。 抑圧は、適切ではないところに物事を配する様に人を仕向ける。それで、幸せであるべき時に怒り、怒るべき時に幸せを感じさせ、暢気で良いのに無謀で短気であり、急ぐときに暢気であるようにさせる。気前が良くあるべき時にけちであり、倹約すべき時に気前が良く、勇敢であって重荷を引き受けるべき時に引っ込み思案であり、他の誰かが先鋒を請け負い後陣にあるべき時に重荷を引き受けようとし、厳しく断固とすべき時に優柔不断であり、優しくあるべき時に厳しく、積極的であるべき時に控えめで、控えめであるべき時に積極的である様にさせるものである。 強欲は、心がおもむくままに熱中するのを、けちで貪欲であることを達成させようと助長する。また強欲は、あらゆる卑劣な恥知らずなものでもって自分を飾り付けるのを助長するものである。 怒りは、人を傲慢で嫉妬深い様に先導し、他人を敵とし、恥知らずである様にと仕向ける。 これら4つの厭わしい非難されるべき特性の根底には二本の柱、即ち極端な恥の意識と極端な傲慢とがあるのである。 アッラーよ、私たちを、あなたさまを何時でも顧みる善い信者の一人となるように御導き下さい。 アッラーよ、私たちが正しい道を歩む事が出来るように御加護下さい。私たちの信仰心を強くして下さい。 アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。 アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。 アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。 アッラーよ、仕事に成功を、そして安心と安全を御与え下さい。アミィーン。

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