マスジド大塚金曜日礼拝ホトバ
――信者の良い行いと、得られる徳――
あらゆる称賛は、万有の主アッラーのもの。預言者ムハムマドに祝福と平安がありますように。
信者たちよ、本日のホトバは、信者の良い行いと、それにより得られる徳についてである。
預言者さま(祝福と平安を)は、次のように述べておられる。「誰でも信者を日頃の悲嘆を取り
除いて上げる者から、アッラーは審判の日の悲嘆の一つを取り除いて下されるだろう。また、誰
でも難局に出遭う者の難局を軽くして上げる者から、アッラーは現世と来世における難局を軽く
して下されるだろう。誰でもムスリムを庇って上げる者を、アッラーは現世と来世で庇って下
されるだろう。しもべが兄弟たちを手助けして上げる限りは、アッラーはその者を手助けして
下される。誰でも正しい道についての知識を求め、その道に従う者に対し、アッラーは天国への
道を容易にして下されるだろう。人々がアッラーの書クルアーンを読誦し、それを互いに学ぶ為
にアッラーの家マスジドの一つに集まるならば、彼らには必ず、サキーナ(平穏)が訪れ、祝福
に包まれ、天使たちが取り巻く。そしてアッラーはアッラーと共にある者の中にそれについて言
及する。」 これは、イスラームの原理、知識、良い作法に関する種々の事柄に亘る重要なハデ
ィースであり、そこにムスリムに必要な徳について見いだされ、知識、財産、援助等の正しい扱
い方についての助言を見いだす。そして「難局を軽くして上げる」の意味は、難局を取り除いて
上げることであり、貧困を取り除く事が含まれる。
預言者さま(祝福と平安を)の「誰でもムスリムを庇って上げる者を」と言う言葉について、こ
こで「庇う」は過ちを隠す事を意味し、ここで意図される意味は、正直で敬虔な人の過失を、そ
して悪事の行為者が誰であるかを隠して上げることである。そしてこれは、過去に犯した過ぎ去
った悪事を隠すこということである。一方、今悪事を犯しているのを見付けたなら、悪事を犯
す者をさとし、そうしないようにと禁じるのが義務である。もしもそれが困難で、その者に悪
びれが無いならば然るべき筋にこの問題をもってゆくべきである。即ち、この様な場合の正しい
行動とは、彼らを庇うということではない。なぜなら庇えば、もっと悪いことを犯すのをそその
かし、更なる危害の原因となり、もっといけないものに嵌り、同様の悪事を他人が犯すのを助長
するおそれがあるからである。彼がそれを犯しこの先同様の悪事を犯すことを恐れない様なら、
指導的地位にある者に訴え出ることが望まれる。これに当てはまるものには、喜捨と寄付などの
財産の配分に与る立ち会いと人と受託者、孤児の財産を管理する者などの例があり、彼らが犯す
悪事については、それを晒し出すのが義務的な行為である。そうした責められるべきものを目に
したなら、これらの悪事を隠すことは許されない。これは禁じられている行為である非難する事
には当たらず、むしろ義務的な協力的な行いに属するのである。預言者さま(祝福と平安を)の
「しもべが兄弟たちを手助けして上げる限りは」と言う言葉について、これは一般的な概念であ
り、解説をするなら、アッラーのしもべがムスリムの兄弟に警告する事で手を差し延べ解決の手
助けをする場合を含むもので、それ故にその間、真実を語る事に臆さない様に要求されるもの
で、アッラーはそのしもべを助け、それによるどんなしっぺ返しからも彼を守って下されるに違
いないであろうと言うことである。
また、このハディースにおいて、ムスリムの要求を満たし、知識を求める道に励むことの徳につ
いて述べられ、ここには知識を得ることに心を奪われる事による徳が含まれている。ここで指し
示す知識とは、シャリーア(イスラーム法)の知識のことである。その全ては、あらゆる崇拝行
為においてアッラーに向かおうとする者に必要な事柄である。預言者さま(祝福と平安を)の
「人々がアッラーの書クルアーンを読誦し、それを互いに学ぶ為にアッラーの家マスジドの一
つに集まるならば」と言う言葉については、クルアーンを読誦する為にマスジドに集まることの
徳についての証がある。ここでのサキーナと言う言葉については、或る学者は祝福であると解釈
するが、このハディースの次の部分に祝福と別個に述べられており、ここでの解釈としては、静
穏とか平和や荘重とかが似つかわしい。「集まる彼らには必ず」と言う言葉は、この為に集まる
「誰でも」という、不特定の一般の者の事であり、述べられている通りにあらゆる徳を受け取る
ということである。預言者さま(祝福と平安を)は、ここで言う人とは、学者、禁欲者、高い地
位に有る者とかを想定しているものではない。次の、「天使たちが彼らを取り巻く」について
は、これに似た事に関して、アッラーはクルアーン・集団章において次のように述べておられ
る。
「お前たちは見るであろう。天使たちが八方から(アッラーの)玉座を囲んで…」(39章 75節)
天使はあらゆる向きから囲むであろうと言うことであり、天使は彼らの近くにありながら完全に
円く囲み悪魔が近付かない様に隙間の無い状態を作るのである。預言者さま(祝福と平安を)の
「祝福に包まれ」と言う言葉について、「包む」という言葉は、包もうとする対象の全ての部分
があらゆる側から覆われている場合に用いる言葉である。それに関連し或るイスラーム学者は、
「これの意味するところは、アッラーの慈悲の包みは、過去の悪事の全てを取り囲むと言うのが
正しいと考える。」と述べている。そうして、預言者さま(祝福と平安を)の「そしてアッラ
ーはアッラーと共にある者の中にそれについて言及する」と言う言葉については、アッラーが言
及するのが諸預言者ないし最も高潔な天使のいずれであるかを暗示しているもので、それについ
てはアッラーが最もご存知であられる。
アッラーよ、私たちを、あなたさまを何時でも顧みる善い信者の一人となるように御導き下さ
い。
アッラーよ、私たちが正しい道を歩む事が出来るように御加護下さい。私たちの信仰心を強くし
て下さい。
アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。
アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。
アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。
アッラーよ、仕事に成功を、そして安心と安全を御与え下さい。アミィーン。
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