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Japanese Muslims

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Blog

Japanese Muslims and the Coming of Ramadan

Nov 22, 2025 · H. Maqsood Ahmed

Ramadan is, again, around the corner in Japan and elsewhere.  Devout Muslims all over the world  are sharpening their muscles to renew their relationship with Allah by fasting.  As it is getting nearer and nearer, we need to get ready to make the optimum use of the opportunity Allah has bestowed on us. For us, …

定命と忍耐

Nov 22, 2025 · H. Maqsood Ahmed

あらゆる称賛は、慈愛溢れるアッラーのもの。御使い、その一家と教友たちに祝福と平安がありますように。 信者たちよ、アッラーを畏れなさい。アッラーを心から畏れる事で、祝福が増し、苦悩が取り除かれるのであるから。アッラーは、前もって創造物の運命を定められた。影響力や行為は記録され、生計、財産については各々に分配され、生と死についは定まっている。その上でアッラーは、実際のところ創造物が最良であるように浄化なさる。アッラーからの定命を心から受け入れなさい。定命はあらかじめの定めであり、信仰の柱の一つではないか。アッラーの御意志無くして、この宇宙では何事も起こらないのである。現世というのは、災難と悲嘆に溢れており、そのように運命づけられている。試練と災難は寒さや暑さの様に逃れ得ないものである。 アッラーは、クルアーン・雌牛章において次のように述べておられる。 「われは、恐れや飢え、それと共に財産や生命、果実(労苦の結果)の損失を通じて、きっとお前たちを試みる。だが堪え忍ぶ者には吉報を伝えなさい。」(2章 155節) 運命とは、誠実な者が不実な者からそれによって識別される一種の試験のようなものである。 アッラーは、クルアーン・蜘蛛章において次のように述べておられる。 「人々は、『私は信じます。』と言いさえすれば、試されずに放って置かれると考えるのか。」(29章 2節) 人間の魂は、試練を経ずして純なものにはならず、誠実な人と言われる者は災難をくぐってきた者である。 アッラーは、クルアーン・高壁章において次のように述べておられる。 「…われは繁栄と逆境で彼らを試みた。きっと彼らは(アッラーの許に)戻ってくるだろう。」(7章 158節) 信者たちよ、時に好ましくない人が良さそうな結果を得るものであるが、うわべは好ましいけど、不幸で忌まわしい結末として反転するものである。アッラーは、クルアーン・雌牛章において次のように述べておられる。 「…自分たちにとって善いことをお前たちは嫌うかも知れない。また自分たちの為に悪いことを好むかも知れない。お前たちが気付かなくてもアッラーは御存知であられる。」(2章 216節) 災難に襲われる前に、災難に襲われるかも知れないと心得て心に準備をしておきなさい。災難には自ずと限度があるのであるから、災難に遭ってくよくよするではない。困難な時に発する言葉に用心しなさい。なぜなら、言葉によってはそれを発した者が破滅に導かれるかも知れないからである。信心深いムスリムは災難に遭ってもしっかりと立ち、心が変わることなく、不平を述べることはない。困難に遭う者の報酬は、その困難の二倍のものであり、アッラーは彼らと共に有られ、困難を取り除かれ、彼らに勝利を得さしめるのであるから安心しなさい。困難に遭う者よ、主は、安心を用意することなく試されることは無いし、浄化させようとする事無く災難に遭わす事はなさらない。誠の試練とは位階を上げるとか悪事を拭い消すとかの為のものであり、主は、困難を通じてしもべたちを祝福なさろうとして試練を課せられるのである。「サアド・ビン・ワッカスが、『預言者さまよ、皆の中で一番困難に遭うのは誰ですか。』と問うと、預言者さまは答えられた。『預言者であり、次は誠実な信者、殆どそれに近い信者たち、そしてそれに近い信者たちです。人はその信仰心の篤さに応じて試練が課せられ、宗教上敬虔な人は厳しい試練が課せられ、信仰心が弱い人はそこそこの試練が課せられる。信仰心篤い者は、現世で悪事を起こさずに歩めるようになるまで試練が課せられ、その者が受ける一連の困難に耐える事を通して悪事が拭い消されるのである。』」  あなた方の期待の全てを全能の主の許に置きなさい。謙遜な心で主を避難の場所としなさい。主はあなたの為に自らの慈悲の扉を開いておられるのである。何時でも預言者ユーヌス(平安を)の祈願を唱えなさい。 アッラーは、クルアーン・預言者章において次のように述べておられる。 「…暗闇の中で、『あなたの外に神はありません。あなたの栄光を讃えます。本当に私は不義の輩でした。』と叫んだ。」(21章 87節) 物事を選択し采配する能力はアッラーだけにあり、運命づけられた事を防ぐことは誰も出来ないのである。常に神を心に念じている者に幸福があるのであるから、常にアッラーを畏れなさい。信者の敬神の念を示す三つのものがある。それは、アッラーへの信頼、現実に対する満足、不足に対する忍耐である。 アッラーよ、私たちを、あなたさまを何時でも顧みる善い信者の一人となるように御導き下さい。 アッラーよ、私たちが正しい道を歩む事が出来るように御加護下さい。私たちの信仰心を強くして下さい。 アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。 アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。 アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。 アッラーよ、仕事に成功を、そして安心と安全を御与え下さい。アミィーン。

Humanitarian Teachings of the Prophet Muhammad (PBUH)

Nov 22, 2025 · H. Maqsood Ahmed

The recent earthquake, Tsunami and nuclear disaster in Japan prompted relief organizations, Japanese and international governments  to start extensive relief efforts to help the affected.  The Muslims, as a community in Japan were no exception to that. They contributed immensely to the relief efforts and till today, they have been helping the affected communities in …

Islam in Japan and Our Respective Cultural Identities

Nov 22, 2025 · H. Maqsood Ahmed

The history of Islam in Japan started around 120 years ago when a large group of Turkish Muslims made a largely failed attempt to visit the country to salute the nation for an earlier  visit by the Prince Akihito of that time. According to some statistics, the number of Muslims living in Japan whether they …

マスジド大塚金曜日礼拝ホトバ 要約 (2011年2月4日) ――立派な人物の為の四つの柱、忍耐、清純、勇気、公正――

Nov 22, 2025 · H. Maqsood Ahmed

あらゆる称賛は、萬養育の主アッラーのもの。預言者ムハムマドに祝福と平安がありますように。 信者たちよ、本日のホトバは、立派な人物である為に欠かせない四つの大事な柱についてである。それは、 サブル忍耐、イッファ清純、シュジャアア勇気、アディル公正の四つである。 忍耐は、人を寛大にし、人から受ける危害に耐え、我慢をもたらし、判断に際し慎重と思慮を生む。また忍耐は、人を穏やかで、短気ではないものにしてくれる。 清純は、言葉や行動の両方からあらゆる軽率さを取り除き、あらゆる良いものの縮図である謙遜や高潔な情感を人にもたらす。また清純は、人々の不仲や仲違いの原因となる私通、けち、嘘、陰口、中傷などの悪に染まらないようにしてくれる。 勇気は、自己尊厳を保ち、高潔で高貴な振る舞いを確かなものにし、生まれ持った性癖から引き離してくれる。また勇気は、本質において誠の勇気である努力し物惜しみしないように人を引き上げ、強い意志と自己決断力を持つように導いてくれる。勇気は、詰まらない欲求に熱中するのを抑え、怒りを抑制し、暴力的で破壊的な行為にとり手綱やあぶみの様な役目によって短気を抑え、それで辛抱強くなるのを助長する。「力強いとは、相手を倒すことではありません。真に力強いとは、怒って当然というときに、心を自制する力を持っていることです。」と、預言者さま(祝福と平安を)が述べておられる様に、自分の感情を抑えることこそ誠の勇気であり、敵を征服するのに役立つ唯一つのもの、それがが勇気である。 公正は、人に対する振る舞いが公平である様に方向付け、消極的であるのと過激であるのとの両極端を均等なものに導く。また公正は、絶対的な消極性と傲慢との間の道である寛容で親切である様に人を導き、臆病と図々しいとの間の道である勇敢であるように人を方向付け、また、過剰な無益な怒りや極端な恥の意識の間の道である辛抱強さを助長する。 これら4つの事柄は、高貴な行いの中心軸であり起源であるが、一方で、それに相反する恥ずべき事柄の基盤は次の四つの柱の上に置かれる。それは、ヤール無知、ドゥルム抑圧、シャーワ強欲、ガダブ怒りである。 無知は、人に悪事の状態を好ましいものに、良い状態を悪事に、完全なものを不完全であるかの様に、不完全であるものを完全であるかの様に思い込ませる。 抑圧は、適切ではないところに物事を配する様に人を仕向ける。それで、幸せであるべき時に怒り、怒るべき時に幸せを感じさせ、暢気で良いのに無謀で短気であり、急ぐときに暢気であるようにさせる。気前が良くあるべき時にけちであり、倹約すべき時に気前が良く、勇敢であって重荷を引き受けるべき時に引っ込み思案であり、他の誰かが先鋒を請け負い後陣にあるべき時に重荷を引き受けようとし、厳しく断固とすべき時に優柔不断であり、優しくあるべき時に厳しく、積極的であるべき時に控えめで、控えめであるべき時に積極的である様にさせるものである。 強欲は、心がおもむくままに熱中するのを、けちで貪欲であることを達成させようと助長する。また強欲は、あらゆる卑劣な恥知らずなものでもって自分を飾り付けるのを助長するものである。 怒りは、人を傲慢で嫉妬深い様に先導し、他人を敵とし、恥知らずである様にと仕向ける。 これら4つの厭わしい非難されるべき特性の根底には二本の柱、即ち極端な恥の意識と極端な傲慢とがあるのである。 アッラーよ、私たちを、あなたさまを何時でも顧みる善い信者の一人となるように御導き下さい。 アッラーよ、私たちが正しい道を歩む事が出来るように御加護下さい。私たちの信仰心を強くして下さい。 アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。 アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。 アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。 アッラーよ、仕事に成功を、そして安心と安全を御与え下さい。アミィーン。

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